-Concept-
“真の豊かさを模索する”
やきものの町「益子」に於いて、 益子焼の歴史ややきものの概念等を踏まえた上で、 人間がつくりだす物体の存在意義や方向性を模索し、 そのなかから物質的でなく、 精神的、健康的、普遍的な 「真の豊かさ」を模索する。
陶庫の歴史
「陶庫」の起源は1898年7月15日に呉服商として益子町内に開業した「塚本菊次郎商店」にあります。 創業者の塚本菊次郎は「株式会社 つかもと」の創業者である塚本利平の次男にあたり、昭和初期には益子町内から現在の益子町城内坂に移転し、肥料商へと転換しました。 しかし、農業の衰退、減反政策等により米蔵として使用していた大谷石蔵の利用頻度が低くなり、その用途を模索していました。
塚本菊次郎商店では肥料商を営む傍らで、陶器の釉薬の原料として使用される芦沼石を全国に販売していました。 芦沼石の粉末を焼き上げることで赤くなることから赤粉(あかこ)と呼ばれました。赤粉を水に溶かして施釉することで、「柿釉」となります。 益子焼が日用の道具を生産する際に柿釉を多く使用したことから、益子を代表する釉薬として広く認知されました。 また、柿釉は保温性があり、浸透しにくいということから焼物の釉薬としてだけでなく、東北地方の屋根瓦の材料としての需要が高まり、昭和45年頃まで販売を行いました。
芦沼石(赤粉)を全国に販売することに付随し、益子焼の原材料も多く販売をしたことから、次第に窯業産業との関りが深くなっていきました。 昭和40年前半からの民藝ブーム等により益子町には多くの観光客が訪れ、活気に満ちたことをきっかけに「有限会社 塚本製陶所(現 株式会社 つかもと)」の協力を得て、大谷石蔵を改装し、昭和49年10月に益子焼の販売店として「陶庫」を開店しました。
1974年10月8日
やきものの店「陶庫」創業
1981年
別棟にギャラリー「城内坂」をオープン 「合田陶器研究所創業展」を開催。以後、ギャラリーにて営業
1986年5月10日
石蔵二階を改装し、ギャラリー「蔵人」をオープン。 益子在住作家15人による「四季の葉皿展」開催。
1991年3月29日
ギャラリー「城内坂」を改装し「Art Space Jonaisaka」をオープン。 「駒澤博司展」を開催。
1992年3月
真岡市にて「アトリエ柊」によるフラワーアレンジメントの花の教室を開始。
1992年7月29日
有限会社陶庫を設立。
1995年4月22日
都市計画に伴う改装により、旧肥料店舗、旧住居、旧陶器店舗等を集結しリニューアルオープン。 ギャラリー「蔵人」、「Art Space Jonaisaka」、「アトリエ柊」も統合する。
1995年
「平成7年度 栃木県マロニエ建築賞」受賞 株式会社 佐藤秀工務店 設計施工
1999年
栃木県民藝協会の事務局となる
2004年
現代美術作家 井田照一氏のアートレジデンスを開催
2007年
和田窯と合併し「道祖土和田窯」を設立
2012年
英国の「テントロンドン」に出展(益子焼販売店協同組合)
2014年,2017年
英国の「ホームショー」に出展(益子焼販売店協同組合)
2018年
フランスのデザイナーGuillaume Bardet氏と道祖土和田窯において共同商品開発
2019年
フランスの「メゾン エ オブジェ」に出展(関東経済産業局)
2021年
旧ギャラリー蔵人に「合田好道記念室」を開館
2022年
会員制コミュニティクラブ“TOKO CLUB”を開設
2023年
和室店舗二階を改装し、“NIKAI”をオープン