【陶庫のできごと】瓦の葺き替え工事レポート vol.1
皆さまにご支援をいただいた「陶庫大正商家修繕プロジェクト」が動き出しました。2026年2月16日より屋根瓦の葺き替え工事が始まり、順調に進んでおります。足場の設置から新しい瓦を載せるところまでの経過を、工事の中での発見とあわせてお伝えいたします。
足場が組まれ、工事がはじまりました
2月中旬、建物の周囲に足場が組まれました。普段は見ることのできない高さから眺める建物は、改めてその大きさと風格を感じさせます。
古い瓦を降ろす
足場が組み上がり、まずは古い瓦を一枚一枚降ろしていく作業に入りました。長い年月、建物を風雨から守り続けてきた瓦です。降ろしてみると、瓦の下には杉皮が敷かれていました。100年前の素材がそのまま残っています。
益子の瓦屋さんによると、当時この辺りで瓦屋根の家はまだ珍しかったのではないかとのこと。この建物の1階には、米松(アメリカの松)の大きな梁が使われており、店内からもご覧いただけます。家に伝わる話では、この米松は横浜港から馬車で益子まで運ばれてきたそうです。
瓦屋根に、海を越えてきた輸入材の梁。100年前の益子でこれだけの建物を建てるというのは、相当な決断だったと思います。今回の工事を担当してくださっている大工さんも「遊び心がある建築ですね」と話していました。意匠やデザインの随所に、建てた人の工夫が感じられる建物です。
屋根裏から現れた100年前の記録
工事を進めるなかで、思いがけない発見がありました。
屋根裏の棟木付近に、墨書きが確認されました。「家運長久 紀元二千五百八十六年上棟」と記されています。
「紀元」とは皇紀のことで、西暦に換算すると1926年、大正15年にあたります。建物の正確な建築年がこれまではっきりしていませんでしたが、この墨書きにより、ちょうど100年前の上棟であることが確認できました。2026年の今年は「紀100年」であり「昭和100年」でもあります。
当主は塚本菊次郎、棟梁は仲野福松。「家運長久」は、一族の運勢が長く久しく栄えるようにという祈りの言葉です。
矢羽根(破魔矢)が見つかりました
棟木の近くからは、上棟の際に掲げられた矢羽根(破魔矢)も見つかりました。矢は古来より邪気を祓う力があるとされ、工事の無事や火災除け、家内安全の祈願として、家の最も高い場所に掲げるものです。「矢が的に当たる」ことから、商売繁盛の縁起担ぎの意味もあります。
矢羽根に描かれた絵柄を見ると、亀の甲羅のような模様と、水を思わせる意匠があります。亀は長寿の象徴で「建物が長く持つように」という願い。水の絵柄には火災予防の意味合いがあると考えられます。
1926年という時代
この建物が上棟された1926年は、益子にとっても特別な年です。
大正デモクラシーと大正ロマンの最後の年であり、12月に大正天皇が崩御されて昭和と改元。わずか7日間の昭和元年でした。
そして、まさにこの1926年は、濱田庄司が柳宗悦・河井寛次郎らとともに民藝運動を提唱した年でもあります。濱田が1924年に益子に移住して間もない頃。益子が「日用雑器の産地」から「民藝の聖地」へと変わりはじめる、その始まりの時期にこの建物は建てられました。
おわりに
屋根の修繕という実用的な工事のなかで、100年前の墨書きや矢羽根が見つかりました。
建物を直すということは、そこに込められた先人たちの想いに触れることでもあると感じています。
工事の続報は、完成後に改めてお届けいたします。引き続き見守っていただけましたら幸いです。